Graduates Interview
業界のプロ×卒業生対談
本校の名誉顧問と
業界で活躍する卒業生の対談です
畑 正憲さん×
動物業界で活躍する卒業生

「神さまが与えてくれた」。
そう思えるほど、動物に関わる人生は特別なもの。
畑先生とともに、小動物から大型動物まで様々な動物の生態や魅力、
動物との触れ合いやコミュニケーション、経験の大切さなどをなごやかに語り合いました。
ヒナの毛からもわかる
素晴らしい自然のしくみ
平凡の中から新たな発見をして、動物の奥深さに迫っていくことがこの仕事の醍醐味なんだからね。
本校名誉教育顧問・畑 正憲先生
- 畑
- みなさんは、 どうして飼育員を目指したの?
- 根本
- 私は子どものころからペットに元気をもらっていたので、私も動物を通してみなさんに元気をお届けする仕事をしたいと思っていました。その念願がかなって、半年前から飼育係として働いています。
- 畑
- それはよかったですね。動物を担当するのは自分で飼っていることと同じだからね、毎日が楽しいでしょう?
- 根本
- はい。責任も感じますが、やっぱり楽しいです。
- 畑
- どんな動物を担当していますか?
- 根本
- オットセイのショーやラマの馴致(じゅんち。動物を飼育環境になれさせること)もやらせていただいていますが、メインで担当しているのは、コブハクチョウ、コクチョウやカモなどの水鳥です。
- 畑
- コクチョウは子どもを産んだ?
- 根本
- うちにはこれまでオスのコクチョウしかいなかったんです。でも、つい最近、メスがやってきました。
- 畑
- じゃあ、産まれるかもしれないね。
- 根本
- はい。楽しみです。
- 畑
- コクチョウのヒナは白っぽいんだよね。反対にハクチョウのヒナは黒っぽい。巣立って飛べるようになるまでは、親とは色がはっきり違うんです。
- 根本
- 子どもが目立つと親が守りやすいからですか?
- 畑
- そうそう。自然の素晴らしいしくみのひとつだよね。
- 山田
- 私は飼育係になって15年になります。いまは主にペンギンやオットセイなどを担当して、ペンギンのショーなども行なっています。もともと熱帯魚が好きで、水族館で働きたいと思って水族館アクアリスト専攻に入学したんですが、実習で海獣の魅力にひかれ、方向転換をしました。
- 畑
- なるほど。海獣は面白いからね。
- 東武動物公園 動物園事業部 勤務
山田さん
水族館・アクアリスト専攻卒業 - 学生時代は時間がたくさんありますから、動物のものにかぎらず、本をたくさん読んでおいてほしいですね。動物に関する資料を作るときにも、ほかの飼育係と情報を共有するための文章力の大切さを感じています。
- 山田
- はい。ただ、ラマやライオン、マントヒヒを担当していたこともあります。
- 畑
- それはうらやましいなあ。マントヒヒも面白いよね。
- 山田
- 面白いですね。マントヒヒのボスは、別の動物が近づいてくると弱い立場のマントヒヒを前に出して、その後ろに隠れるんですよね。動物のボスは群れを守るイメージがあったので意外でした。
- 畑
- それはね、弱いものをいけにえにしているわけではないんだよ。実際は逆なの。
- 山田
- そうなんですか?
- 畑
- 前に出すのは、「仲よくなりさい」という意味なんだよね。ゾウも同じで、ライオンが近づくと子どものゾウを後ろに隠してしまうんだけど、インパラなんかの草食動物が近づくと、子どもを「行け、行け」と前に出すんだよ。これはね、「インパラとは仲良くならないとだめだよ」と教えているんです。
- 山田
- なるほど。ボスのマニュアルというものはないんですね。
観察ポイントは自分で見つける
それが動物と仕事をする意味
- 根本
- 畑先生にお会いしたら、ぜひお聞きしたいと思っていたことがあるんです。動物園の飼育係は、ご飯をあげたり掃除をするだけでなく、動物のさまざまな変化に気付かなければいけないと思います。私は飼育係になってまだ半年で、もっと動物を観察する目を養いたいのですが、そのために大切なポイントは何でしょうか?
- 畑
- 山のようにありますよ。でも、それはぜひ自分で見つけてほしいな。それこそが動物と一緒に仕事をしている意味だからね。何より、その方が楽しいじゃない。さっき、山田さんがペンギンにエサの魚をやっていたところを見せてもらいましたね。ペンギンがパクっと魚をくわえたとき、頭から食べようとして何度もくわえ直していたでしょう?ここで「これはなぜだろう?」と考えることが観察の入口なんです。僕はね、エサの魚を2つに切って、頭と頭をくっつけたり、しっぽとしっぽをくっつけて与えてみたことがあるんですよ。
- 根本
- どうなりましたか?
- 畑
- どちらから食べていいかわからなくなってしまったの。それからしばらく魚を食べてくれなくなって困ったなあ。
- 全員
- (笑)。
- 畑
- でも、そのおかげで鳥類の口にはセンサーがあって、うろこの流れで頭としっぽを判断していることがわかったんですよ。飼育の仕事に慣れてくると、毎日を平凡だと感じてしまいがちだけど、そうなってはだめ。平凡の中から新たな発見をして、動物の奥深さに迫っていくことがこの仕事の醍醐味なんだからね。
- 根本
- 常に「どうして?」と疑問をもって、考えないといけないんですね。
- 畑
- そうそう。同じ動物でも2頭いると行動が全然違うでしょう? 「来てごらん」と声をかけると、1頭はこちらに来るけど、もう1頭は知らんぷりをしていることがある。そんな時は、どうして一方は知らんぷりをしたか考えてみてほしいな。
- 根本
- 同じ種類の動物なのに、ご飯の好みが全然違うこともありますね。「どうしてこの子は白菜を食べるのに、こっちの子はキャベツの方が好きなんだろう」と戸惑うことはしょっちゅうです。
- 畑
- それはね、お母さんのお乳を吸っている時期にどう育ったかで違ってくるんです。人間もそうだけど、動物はこの時期についたクセが生涯消えないんだよね。馬の放牧場に行くとトリカブトがいっぱい生えているけど、馬は絶対に食べないんですよ。
- 山田
- トリカブトには毒があることがわかっているんですね。
- 畑
- 小さいころに身に付いた習性なんだね。こんなことを言うといけないかもしれないけど、飼育係がいちばん楽しいのは、動物園が困るときじゃないかな。
- 東武動物公園動物園事業部 勤務
根本さん
動物園・動物飼育専攻卒業 - 私は学生時代に動物のトレーニングをするグループのリーダーを務めていました。みんなで「どうしよう?」とコミュニケーションをとりながら、少しずつステップアップしていく経験は、いまの仕事にも役立っています。
- 根本
- どういうことでしょう?
- 畑
- 動物園が困るのは、動物の親が育児放棄をするときじゃないですか。でもそれは、飼育係にとっては大チャンス。「私がやります!」と言って、ヒナを抱きしめて離さないぐらい世話をしてやると、いろんなことが見えてきて面白いよ。
- 根本
- ヒナが教えてくれるんですね。
- 山田
- 育児放棄の話だと、私はペンギンとオットセイの赤ちゃんを育てたことがあります。でも、オットセイはうまくいきませんでした。南アフリカから野生のオットセイがやって来たのですが…。
- 畑
- 妊娠していたんだね?
- 山田
- そうなんです。子供のオットセイが来ると聞いていて、体も小さかったので、妊娠の可能性を考えなかったんです。1カ月ぐらいしたら同じぐらいの大きさのオットセイが1頭増えていてびっくりしました。お母さんも幼いので、まったく面倒をみてくれなくて。
- 畑
- お乳は見てみた?
- 山田
- はい。まっ平らでした。でもミルクは出てくれなくて。
- 畑
- オットセイはお乳が大きいと岩礁に上がるときにこすれて乳房炎になってしまうから、お乳はまっ平ら。そのお乳からミルクを出させるには、「お乳がほしいんだよ」と何日もこすってやるといいんだよ。そうするとね、脳が反応して乳房が発達しはじめるんです。
- 山田
- そんな方法があったんですね。
- 畑
- 乳房が発達すると、脳が「子どもを育てよう」と思うようになるわけ。それから、海獣は乳首からミルクを吸わないから、ほ乳瓶を使ってもミルクを吸わないはずだけど、どうしたのかな?
- 山田
- そうなんです。平らなところにミルクを流してみたりしたのですが…。
- 畑
- いろいろ試してみたんだね。僕も初めてオットセイの赤ちゃんを育てたときには、アメリカのスミソニアン(国立動物園)に電話して教えてもらいましたよ。そこで聞いた答えは「カテーテルでミルクを注入したらいい」と。ミルクはどうやって作ったの?僕のときはまだレシピはなかったので、ミルクのメーカーの研究室から粉ミルクを送ってもらって、それを溶かして与えたね。
- 山田
- 最近では海獣用のミルクができています。普通のミルクとは脂肪分が全然違うんです。
- 畑
- 少しの違いで下痢になってしまうことがあるから気を付けないといけないね。下痢になるとなかなか治らないから。
- 山田
- 子どもの時にお腹をこわしてしまうと衰弱が激しいんですよね。「大人になるまでに下痢を2回起こしたら危ない」と教えられました。
- 畑
- 動物の赤ちゃんで言えば、嵐で吹き飛ばされたカラスの赤ちゃんが家の前に落ちてきたことがあってね。「よし、育ててやろう」と裸になって温めたの。1週間ぐらい経って野生に戻したけど、その後も僕が外に出たら必ず飛んできて、カラスのことをいろいろ教えてくれました。動くこと、話しかけることが刺激になって、全部ヒナに伝わるんだね。そうなると、もう可愛くてしょうがないよね。
- 山田
- カラスのヒナは特に可愛いですからね。
- 畑
- 卵からかえってすぐの鳥は、どうやって体温を与えるかが大切です。僕たちには自分の体があるでしょう。この体はいろんなことに使えることを忘れないでほしいですね。以前、ダチョウの卵をもらうことになった時には、「保温箱が必要です」と言われて残念に思ったなあ。自分の体があるじゃない。抱いて運べばいいじゃない。僕たちの体は36度ぐらいの温度を保っているんだからね。
- 山田
- 動物園の世界では、卵の移動は保温箱を使うことが確かに一般的になっていますね。車で移動する時には、保温箱用の電源を取れる車を選んでいます。
- 畑
- そういうことに慣れてしまうと、目の前の飼育舎で起こっていることにすぐ行動できなくなってしまうから、自分の体を使った方がずっといい。そうすると自分がお母さんになった気持ちになって、ますます動物と接するのが楽しくなるはずですよ。
何百回も何千万回も悩んで
試行錯誤して、
そしてわかっていく
顕微鏡は動物を理解する上で非常に大切な武器なんです。
本校名誉教育顧問・畑 正憲先生
- 畑
- ところで、2人は亡くなった草食動物を解剖してみたことはありますか?
- 山田
- 解剖に立ち会ったことはあります。草食動物は腸がものすごく長いですよね。
- 畑
- 顕微鏡で見てみましたか?
- 山田
- そこまでは…。
- 畑
- それはもったいない!胃袋からはヌメヌメしたものがいっぱい取れるから顕微鏡で見てごらん。「うわーっ」となるぐらい細菌のかたまりがあってね、素晴らしいよ。夢に出てくるぐらい。
- 全員
- (笑)。
- 畑
- 動物の消化器官にはそれだけの細菌がいて、動物が食べたものを分解してくれることがよくわかります。解剖を経験したことは一歩前進だけど、もう一歩進まないといけない。それが顕微鏡で見るということだね。解剖させてもらう動物に対して、それぐらいしないと申し訳ないという思いを持たないといけないね。
- 山田
- はい。次の機会には、ぜひ見てみたいと思います。
- 畑
- 通は「そこまではしなくてもいいや」と思いがちだけど、顕微鏡は動物を理解する上で非常に大切な武器なんです。フンひとつ取っても面白いよ。フンを割ると中からいろんなものが出てくるでしょう。それをスライドグラスに乗せて見てみてごらん。これがまた面白いんだ。われわれの体もそうですよ。僕は2人の体から3種類ぐらいの原生動物を見つけてみせるよ(笑)。綿棒を自分のおへその穴に入れて、生理食塩水に浸して見てごらん。必ず見つかるから。
- 根本
- それは興味がありますね。今度ぜひやってみます。
- 畑
- 人間の体でもそうなんだから、滅菌してない動物は、もっとたくさん菌がいるのは当然だよね。
- 根本
- お話をうかがっていると、自分には知らないことがたくさんあると痛感します。私は経験が少ないですが、動物に対してそれは言い訳になりませんから、何かあっても慌てないように、少なくとも知識はもっともっと身に付けないといけないと感じました。
- 畑
- たっぷり悩んでいいんですよ。僕も何百回、何千万回と悩んで、試行錯誤して、ようやくすこしわかってきたんだからね。先輩の山田さんもきっとそうでしょう?
- 山田
- 私も新人のころには慌てる経験をしています。注射筒の先にゴムチューブを付けてペンギンの赤ちゃんの口元にやっていたら、チューブが抜けてそのまま飲んでしまったことがあるんです。獣医さんと一緒にピンセットを使ったりして、何とか取れないかやってみましたがダメで。でも次の日に吐き出してくれていてホッとしましたが、あの時はどうしようかと思いました。
- 畑
- 慌てずにじっくりとその動物の特性を考えることが大切だね。鳥の消化管には素嚢(そのう)という部分があって、大きな物はそこから下にいかないようになっているの。うまくできているんだよ。僕は「ダチョウが釘を飲んでしまったけど、どうしたらいいでしょう」という相談を受けたことがあるんだけど、どうしたらいいと思う?
- 山田
- 私ならサラダ油を飲ませるでしょうか。麻酔をかけて切開するとなるとリスクが大きいですから。
- 畑
- 正解!アメリカのオレゴン州にある野鳥センターに行った時にも同じようなことがありました。釣り針を飲んでしまった鳥がいて、獣医さんが「いまから麻酔して切開します」と言うんだよ。でも、鳥の麻酔は難しいんだよね。
- 山田
- そうらしいですね。鳥はものすごく感受性が強いから、麻酔をかけるとそのまま起きられなくなることもあると聞きました。
- 畑
- 鳥に適した麻酔薬はあまり開発されてないんだよね。そこで僕は獣医さんに「待ってくれ」と言って、鳥は他の動物より粘性が高いフンをすることを説明しました。釣り針もフンにくるまれて出てくるはずだと話したら、「もう1日待とう」ということになって。釣り針は無事にフンと一緒に出てきましたよ。
- 根本
- よかった。
- 畑
- 同時に思ったのは、初対面の僕の意見を聞き入れた獣医さんは偉いなということでした。動物の命が助かる方法を一生懸命に考えて、柔軟に意見を聞き入れた。これはなかなかできることではないですよ。
- 根本
- 飼育には答えがないから、いろんな意見があるんですね。私もいろんな意見を柔軟に聞いて、その中から「自分ならこうしていく」というやり方を持てる飼育係になりたいと思います。
- 畑
- 素晴らしいね。そういう飼育係が増えてくれると動物園がもっと素晴らしいところになりますよね。動物と関わる仕事をしている人生というのは特別な人生なんですから、充分に楽しんでください。
- 根本
- はい。がんばります。
- 畑
- 僕は今日、嬉しくてしょうがないんですよ。世代は違うけれど、僕はみなさんを仲間だと思っているんです。会った時の顔つきだけでそう思ったし、話す言葉でもわかります。ひとつひとつ話を聞いて、「ああ、同じことをやっている仲間だ」と思いました。
- 根本
- ありがとうございます。
- 山田
- 私は、先生がおっしゃった「特別な人生を楽しみましょう」という言葉がとても印象に残りました。動物に日常的に関わることはそもそも特別なことなんですよね。その特別な機会を得られているのは幸せなことだと改めて感じました。
- 畑
- 神さまから与えてもらったんだよね。動物飼育の学校で学んで、今こうして動物園で働いているのはいろんなめぐりあわせがあってのことかもしれないけど、責任をもってその道を歩んでいるというのは素晴らしいことですよ。
中村 元さん×
水族館業界で活躍する卒業生

水中の生き物も私たちの仲間
そう感じてもらうことが水族館の役割
オープン3年で来場者100万人を達成した広島のマリホ水族館。
同水族館をプロデュースした中村元先生と卒業生の小野 優太さんが、
中村先生こだわりの「展示」について語り合いました。
お客様のために
水槽の世界観を大切にする
私たちがお客様に伝えるのは、
魚が生きている証やその生き様
本校名誉教育顧問・中村 元先生
- 中村
- 小野さんはこのマリホ水族館で働くようになって1年半になるそうだね。仕事には慣れたかな?
- 小野
- 力仕事が多いので腰や背中が痛くなることもありますが、それでも好きなことを仕事にできているのは楽しいです。
- 中村
- 学生時代に抱いていた水族館のイメージと、職場としての水族館は違うこともあるでしょう?
- 小野
- はい。清掃のために「ラグーン水槽」に潜った時に、先輩から「きみは体格が大きいから水中で立った姿勢になってはいけない」と注意されたことがありました。今となっては当たり前の話ですが、自分のせいで水槽の中が狭く見える可能性に気付くべきでした。今は水槽に潜るときには体を横にして、足もまっすぐ後ろに伸ばすようにしています。
- 中村
- せっかくの大きなサメが小さく見えてしまうからね。
- 小野
- そうなんです。足ヒレも着けているのでなおさらでした。私は潜水ショーのダイバー役も担当しているのですが、お客様とコミュニケーションを取りながら、水槽の中の世界をいかに大きく見せるかを考えています。
- 中村
- 水族館はお客様が作るものだし、お客様に来てもらわなければ意味がないからね。そのお客様のために、「世界観を大事にしたい」と努力しているのはとても素晴らしいと思うよ。
高校時代にふれた
「見てもらうために」という発想
- マリホ水族館 飼育スタッフ
小野さん
水族館・アクアリスト専攻卒業 - 学生時代は、人との会話方法を学ぶ授業やショーの解説経験などで、コミュニケーション力が身につきました。水族館は厳しい業界でもありますが、何か問題に直面したら、1人では解決できません。誰かに頼ることや聞くことを怖がらずに進んでほしいと思います。
- 小野
- 私は小学生の時から生き物が好きで、特に水に関わる仕事をしたいと思っていました。ただ、ドルフィントレーナーやダイビングインストラクターなど、選択肢がたくさんあったので進路に迷っていたんです。そんな時に高校の図書室で手に取ったのが、中村先生が書かれた『みんなが知りたい水族館の疑問50』(サイエンス・アイ新書)という本でした。
- 中村
- それはどうもありがとう(笑)。
- 小野
- 当時は「生き物が好き」「水に関わる仕事がしたい」という思いだけだったので、その本で読んだ「お客様に見てもらうためにどうしたらいいか」というお話はとても新鮮でした。水族館に興味はありましたが、展示について深く考えることはなかったんです。そこで、「水族館って面白そうだな」と思って飼育員を目指すことにしました。
- 中村
- 水族館の仕事を目指すなら、展示論を知っておくべきだと思うよ。誰もが僕のようなプロデュースの仕事をするわけではないでしょうが、水族館で働く人なら必須です。「展示」といっても、お客様に伝えるのは魚の分類などの話ではなくて、魚が生きている証やその生き様です。そうでなければ水族館の意味がないと僕は思うな。
この水族館にもたくさんの命が詰まってる。水族館の仕事は魚にエサをあげたり健康に気をつけたりすることと思いがちですが、水族館に関わる人たちがその命に対して果たすべき責任は、たくさんの人に見てもらうことだと思うよ。
僕が水族館をプロデュースするときには、魚などの生き物はもちろん、お客様には水そのものが生き物であることを知ってもらいたくて、「生きている水塊」をテーマにすることがある。このマリホ水族館もそうだった。美術館や博物館とは違って、水族館には生き物以外に「水」があるのだから、これを使えば美しい水中の世界を見せた上に、生き物たちの生き様を伝えることができる。こんな考え方を突き詰めていけば、小さな水槽一つでも意味のある展示にできるよ。
自分の感動体験に
展示のヒントがある
- 小野
- 私は広島県出身なので、入社前にもこのマリホ水族館に足を運んでいました。中村先生がプロデュースされた時には、どんなことを考えられたのですか?
- 中村
- この水族館は瀬戸内海に面した商業施設にあるので、多島美の瀬戸内海に美しさで匹敵する水中を見せる展示を意識したんだよ。
水族館の建物に入って最初に目にする「波の向こうへ」という水槽は、サンゴ礁の間から広がる海の波の渦などを表現しています。「あふれる瀬戸内の命」というゾーンを作ったのは、広島県民になじみのある食材として興味を持たれやすいと考えたからだよ。お客様の目を惹く仕掛けとして珍しい魚を集めても、一般のお客様にはその面白さが伝わりにくいんだ。水族館で働く人は生き物が大好きだから、もちろん面白く感じるけどね。
これまでにない見せ方をしたのは、激しい渓流を再現した「うねる渓流の森」だね。水族館を作るときには、僕はいつもその地域ならではの水槽を作ろうと思ってる。調べてみると、広島にはイワナの一種のゴギという魚がいて、県の天然記念物になっていると知りました。ところが広島の人さえほとんど知らない。そのゴギをスターにするために世界初のうねる渓流を再現する水槽を開発したのです。みなさんはこの美しい激流を泳ぐゴギに釘付けになります。この水槽は小野さんが担当しているそうだね。
- 小野
- はい。先ほど、「あまり水槽の中を清掃しすぎないように」とアドバイスをいただきました。確かに、思いっきりきれいに磨いてしまっていました。
- 中村
- 気持ちはよくわかるよ。ただ、お客様には水中眼鏡をかけた時のイメージで「わあ、すごいなあ」と思ってもらいたいから、自然の渓流の世界を体験できるように、岩にコケが生えているようなところまで再現できるといいよね。
先ほどの話と重なるけど、展示で一番大事なことは、見せて、伝えることです。伝えるためのヒントになるのは、自分が感動したこと、「すごい」と思ったことだよ。僕が初めて水の世界に感動したのは、水中眼鏡越しに見た渓流の光景なんだ。銀色に走るきれいな泡にびっくりしたんだよ。水は透明で目に見えないけれど、自分の体が押し流されていくことで水の世界を体感できた。キラキラ輝いていてきれいで、その中にいる魚がさらにきれいに見えたんだ。小野さんも水の世界を好きになった時のことを思い出して、「この光景だ」というものを水槽に表現すると、お客様は惹かれると思うよ。
- 小野
- はい。ありがとうございます。
一番優先すべきなのは
お客様が楽しいかどうか
水の世界を好きになった時のことを思い出し、水槽に表現する
本校名誉教育顧問・中村 元先生
- 中村
- (「うねる渓流の森」の水槽を覗いて)ここにちょうどいい還流があるね。魚にはすごく気持ちのいい流れだろうなあ。
- 小野
- えらに水を流しているだけなんですよね。
- 中村
- そう。魚にとっては勢いのある水流の中を泳いでいるときが、最も姿勢が楽なんだよね。きっと、流れのない場所には行きたくないと思っているはずだよ。
人間が流されそうなほど速い水流なのに、小さな魚が平気で泳いでいる様子は感動するよね。その感動をどうやって表現するかが大事で、その上で、この流れの中のどこに魚がいるか知っていなければならない。だから、展示を考えるにはやはりフィールド観察による知識が必要だね。生態を知っていれば、お客様の見やすいところに魚がやってくるようにできるからね。
- 小野
- 実はもう一つ、アドバイスをいただきたいのですが、いいでしょうか。
- 中村
- もちろん。
- 小野
- 水槽の水位で悩むことが多いんです。いま、私が担当している小さな水槽にモクズガニが入っているのですが、満水にすると水槽から逃げてしまうんです。それを避けるために、水位を下げているのですが…。
- 中村
- 満水にしないとモクズガニはきれいに見えないよね。
- 小野
- そうなんです。
- 中村
- 水中でフサフサと毛が揺れる様子が面白いはずだから、水位を下げるより満水にしても逃げない方法を考えた方がいいな。
- 小野
- 基本的に水槽は満水にした方がいいのでしょうか?
- 中村
- そうだね。もちろん生き物にもよるけど、半水面にするなら、カエルのように「水の上に出ているのが普通です」と言えるぐらいの必然性がないと、逆に見にくくなると思うな。
展示を考えるときに、一番優先すべきなのはお客様が楽しいかどうかです。優先すべきことをはっきりさせて、そのために工夫すると面白い展示になると思うよ。
- 小野
- はい。ありがとうございます。
地球そのものが
生き物であると知ってもらいたい
- 小野
- 私は中村先生の本を読んで水族館の飼育員を目指したのに、タイミングが悪くて先生の特別授業を受けられなかったんです。専門学校ではどんなお話をされるんですか?
- 中村
- やはり展示について話すことが多いね。それから、「水族館で働く人には葛藤と覚悟が必要」という話もしている。
「葛藤」というのは、海や川で暮らすのが幸せなはずの生き物を、水槽に閉じ込めてしまう水族館という場所を自分の職場にする、その「葛藤」です。だからこそ、水中の生き物が好きなみなさんには、その命が単にかわいそうではなく、少しでも意味があるようにする「覚悟」もまた持ってほしいと思うんだ。
もしもこの世に水族館がなければ、実際に泳ぐサメを見たことがある人は少ないはずだよ。でも、水族館に足を運ぶことで、それまで知らなかった生き物が地球の仲間だと感じられるようになる。自分で選んだ角度で見る生き物は、標本や写真とは全く違うからね。同じように、誰もが食卓でよく見かけるイワシが元気に泳いでいたり、タコが目をキョロキョロさせていたりする様子を見れば、「こんなにきれいだったのか」「立派だな」と思ってもらえるはずだよ。水族館にはそういう意味があると思ってるんだ。それだけで生き物に対するみんなの気持ちが違ってくると思うし、それによって人間が海や川を汚すような行動をやめることになれば、水槽の中の生き物たちには申し訳ないけど、その仲間たちにとっては大きな意味がある。僕が水族館の展示にこだわるのはそのためだよ。
お客様に、川そのもの、海そのもの、地球そのものが生き物であると知ってもらい、魚たちの姿を覚えて帰ってもらう。そんな水族館を作っていきましょう。
- 小野
- はい。このマリホ水族館は、2017年オープンとまだ歴史が浅い水族館で、かつてお客様の1人として来場した時には、正直に言うと少し寂しい印象もありました。数年経って徐々に生き物の数は増えていますし、個体も大きくなってきましたが、決して規模が大きいとは言えません。これから自分もスタッフとして成長したいですし、さらに魅力のある水族館にしていきたいです。
- 中村
- 「水族館をプロデュースする」という僕の仕事は、子どもを生むようなもの。育ての親はスタッフのみなさんで、この子どもをどう育てるかはみなさん次第なんだ。
逆に言うと、水族館はオープンしたらもう大丈夫ではなくて、手をかけないと育たない。小規模な水族館だからこそ、展示に絶えず工夫を加えることができる。ぜひたくさん手をかけて、大きく育ててください。
- 小野
- はい。頑張ります。

マリホ水族館
〒733-0036
広島県広島市西区観音新町4-14-35
TEL082-942-0001
マリホ水族館は、広島市の商業施設マリーナホップに、中核集客施設として登場した都市型小規模水族館。本校名誉教育顧問でもある水族館プロデューサー・中村元先生が監修を務め、「生きている水塊」をテーマに世界初のサンゴ礁で砕ける波の下を表した展示を行う大水槽や広島県固有の天然記念物ゴキが流れをものともせずたたずむ「うねる渓流の森」など、躍動感たっぷりの水族館で、広島県民の憩いの場所として人気となっている。